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東京地方裁判所 平成4年(ワ)15932号 判決

原告

一杉重之

右訴訟代理人弁護士

橋本勇

空田卓夫

被告

石上昭

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一原告

1  被告は原告に対して、金一四一〇万円及びこれに対する平成四年八月二日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

二被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二事実

一事案の概要

本件は、更新料の支払いを求める事案である。

原告は被告に対して、昭和四七年八月一日、その所有する別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という)を建物所有を目的として、期間二〇年、賃料一か月金八五三一円の約で賃貸(以下本件賃貸借契約という)しているところ、平成四年八月一日の更新の際、更新料として金一四一〇万円の支払いを請求したが、被告はこれを拒絶した。

二争点

1  被告は、前記昭和四七年八月一日の合意更新の際、次回の更新時には、原告に対して相当額の更新料を支払うことを約した。

2  東京都区内では、建物所有を目的とする賃貸借契約においては、契約が満了して契約の更新が行われる際に、特別の事情のない限り更新料として相当額の金員を支払う慣行が存在しており、既に社会的な慣習法となっている。

第三証拠〈省略〉

第四当裁判所の判断

一更新料支払いに関する合意

〈書証番号略〉、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和七年ころから被告の先代石上紫桜に対して本件土地を建物所有を目的として賃貸しており、その後、右賃貸借は数回更新されたが、昭和四六年二月ころ、被告は、本件土地上の建物が古くなったことからこれを建替えることを企図し、そのためのローンを被告名義で設定する必要から、賃貸借契約の名義人を右同人から被告に代える必要が生じたこと、その際、原告側から名義書換えとして金九〇万円の支払いが請求され、接渉をもった結果、被告において金六〇万円を支払うことを約し、昭和四六年二月ころ金四〇万円を、残金の内金二〇万円を昭和四六年一〇月末日に、内金二〇万円を昭和四七年三月末日にそれぞれ支払ったこと、右賃貸借は、昭和四七年八月一日に更新され、その際、被告の求めにより本件賃貸借契約は公正証書により締結されたことの各事実が認められる。

原告は、昭和四七年の更新の際、被告が次回の更新の際には、更新料として相当額を支払うことを約した旨主張するが、右事実を認めるべき証拠はないし、昭和四六年に原告に対して金六〇万円の支払いが約されたが、右金員支払いの趣旨や目的、支払われた時期、経緯等に照すと、名義書換え料名義として支払われたものであると解するのが相当で、これが更新料として支払われたと解することは困難であるといわざるを得ない。したがって、被告が、右金員の支払いをした事実から直ちに今後の本件賃貸借契約の更新時に更新料を支払うことが約されたと解することは困難であり、本件全証拠を精査するも、昭和四七年の更新の際に、被告が原告に対して、将来の更新時には更新料を支払うことを約したという事実を認めることはできないし、他にこれを認めるべき適切な証拠もない。

右のとおりであるから、原告の右主張は採用できない。

二更新料支払いの慣習

土地の賃貸借契約の更新に際して、賃料を補完するものとして更新料の支払いがなされる事例の存することは、否定し得ないところである。ところで、原告は、特別の事情のない限り賃借人から賃貸人に対して更新料として相当額の金員を支払うという慣習は既に社会の法的確信に支えられた慣習法である旨主張する。

証人石橋五郎、〈書証番号略〉によれば、東京都練馬区周辺においては、昭和四〇年代ころから地価が高騰しはじめ、固定資産税が急騰したため、それまでの地代では採算が取れないという状況となったこと、しかしながら、地代の値上げはなかなか困難であるということから、昭和四四年以降、地主の負担分を軽減するために更新料の支払いが行われるようになったこと、本件土地附近において不動産業を営む株式会社内田も、東京都練馬区豊玉地域においては、更新料を最終的に支払わなかったという事例を聞いたことがないし、自社においても更新料の支払いがなされた事例が三件あり、他社においても更新料が支払われた事例を三件程聞知していること、原告の借地を管理している石橋五郎も同人の管理しているところの借地人が更新料の支払いをした事例があったことの事実が認められる。しかしながら、右更新料支払いの事例は、右地域に限ってみたとしても右地域内の借地事例のうちのどの程度の割合を占めるかは必ずしも明確ではなく、しかも最終的にせよ更新料の支払いがなされた事例は、いずれも当事者間において更新料の支払いについての合意が成立した結果支払われたものであると認められ、これが事実上の慣習として当然に借地人において相当額の金員を更新料として支払いをしたものと解することはできない。そうであるとすれば、本件土地の地域において、地主が土地賃貸借契約の更新時に更新料の支払いを借地人に対して求めることが一般化しているとしても、右更新料の支払いが、慣行とか社会的な慣習法あるいは事実上の慣習として行われているという事実を認めることはできないし、他に右慣習を認めるに足りる証拠はない。

三右事実によると、原告の被告に対する本訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官星野雅紀)

別紙物件目録

所在 東京都練馬区豊玉北四丁目

地番 壱八

地目 宅地

地積 1142.04平方メートル

右土地のうち313.50平方メートル

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